物語

道端に置き去りにされたタンポポひとつ。かばうように花びらいちまい。

タンポポには悪いけど、道端で元気に咲いてるものより、忘れがたくふり返り、写真を撮った。

それはきっと

タンポポの可憐さを越えて

物語に惹かれたからかもしれない。

誰かに手をひかれた子の手からはらりと落ちてしまったけど、急ぎ歩く大人に言い出せないまま、ふり返りふり返り、帰っていったのかとか、

たくさん摘まれたうちのひとつが、たったひとりするりと抜けて、さあひとり旅と思ったのに、動けなかったタンポポだとか、

帰ったら誰かにプレゼントしようと、そっとポッケに入れてたはずが、いつの間にか落ちてしまったとか、、、。

 

人が生きてくには、きっと思っている以上に物語が必要で、

だから、ウソやゴシップも生まれるのかも、しれない。

わたしは、

出来るだけ身も心もうれしいと思える物語だけを食べて生きていきたい。

そして、

出来るだけ身も心もうれしいと感じてもらえるような物語を作り続けていきたい。

呼吸のような叫びとして。

 

 

大雨のあとの今朝の空。母の家からの眺めです。

朝日に染まる富士山に向かって

ガッタンゴットン

でんしゃが いくよ

それとも

スイスイ

ならんでおよぐ

アヒルのこ?

こちらは先日の朝

私の部屋の壁に

朝日をあびたリュースターの虹

久しぶりに灯りました。

初夏が近づいて来たしるし。

 

いろいろあるけれど

こころの中は自由です。

どんなときも空も飛べるはず。

 

よい一日お過ごし下さい。

 

 

 

 

 

ビル谷の影も春です。

枯れ木の光も春。

てんこ盛りの桜もいいけど

グリーンがバックの離れな小さなコたちが

愛おしい春。

ある日の。

月光荘のノート。
最近のお気に入りです。
ちなみに筆も月光荘です。

とある日のメモです。

実は2月末に父が亡くなり、
このひと月、
これまでになく尋常じゃない日々を過ごしてます。
悲しみでというより、
一人でやらなきゃならないこと、
超えなければならない壁の連打、
いまだ見えない出口とで。

自分が誰だかわからなくなりそな瞬間もある日々の中、
久しぶりに開いたこのノートの
自分で描いたたわいもないいたずら描きに
なぜだかほっとすくわれた。

こんなのもあるよ。

こないだ久しぶりに夜中に描いてみた。

なぐり描いたらやっぱりほっとした。

たわいもないおはなし。