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絵本作家小川ナオ公式ウェブ トコトコ
こんにちは。小川ナオです。
訪問ありがとうございます!
私がこれまでトコトコ歩いてきた足跡と
これからもトコトコ歩いていく足音。
そんな気持ちでトコトコと名づけました。
ゆっくりいっしょにトコトコと
歩いてもらえたらうれしいです。

『井の頭公園のおいなりさんアートフェス』募集告知描きました

『井の頭公園のおいなりさん
アートフェス』は、
SNS上のアートフェスです。

おいなりさん、
井の頭公園の自然や仲間たちを
テーマにした作品を募集します。

絵、イラスト、立体物、詩、文、書、
舞い。ダンス。パフォーマンス、仮装、
歌、音楽、映像、写真、料理などなど。

詳細は、
https://inarioyanoi.jimdofree.com/イベント/

井の頭のお稲荷さん、主催団体についての詳細は
https://inarioyanoi.jimdofree.com

 

 

井の頭公園は、吉祥寺駅から10分くらいの場所にある古い公園です。
公園の中心にある湧水からできた井の頭池は、江戸城の水源で、ここから伸びる神田川で城下に運ばれていました。
池の中にある。徳川家康が建立したと言われる弁財天が有名ですが、その鬼門の方角にもっと古いと言われているお稲荷さん「親乃井稲荷」がありました。
公園内の動物園入り口に向き合う場所に鳥居があり、突き出した小さなさな岬のような場所をぐるりと周り、弁財天に背を向けると、お稲荷さんの祠がありました。かわいい小さな小さな狐が雛壇に並んでいるお雛様のような珍しいお稲荷さんでした。
夕暮れ時にお稲荷さんから振り返ると、弁財天の向こうに夕日がキラキラしていました。

2013年5月1日、そのお稲荷さんは、不審火による火災にあい、社は半焼、赤いお社の後ろ半分が真っ黒に焼けてしまいました。
たまたま、その年の秋、私は、同じく吉祥寺にあるトムズボックスのギャラリーで「小さなともだち展」という個展をしました。
そのとき、トムズボックスの人だった、今は独立した絵本作家の加藤志異さんと、どういう流れだったか忘れましたが、そのおいなさんの話になりました。
火災の2週間前、巳年のその年は弁財天の秘仏もご開帳になり、上のお寺にあった宇賀人造が弁財天内におかれた直後だったから、何か関係があるかもとかないとか、私はというと、おいなりさんにお参りしてから30病後、池の橋を渡っていたら、友達からメールが来て、突然某バンドのチケットがもらえた、とかなんとか、、とたわいもないことも含めて。
が、その後、お稲荷さんは建て直されることなく、公園管理局により社は全て解体されて、ある日突然なくなってしまいました。

と、月日は流れ、2016年の夏の終わり。その加藤さんからお稲荷さんを建て直す会を作りたいと、メッセージをもらいました。
実は、私は、その数ヶ月前、2016年の4月に、自宅仕事場が火災にあい、20年住んでいた建物は半焼で取り壊しになるという体験をしていたので、何かの啓示のように思い、会に参加したのが始まりです。

初回は古い昭和な喫茶店で、集まったのは、加藤さんと私と加藤さんの友達、3人でした。でも、吉祥寺は以前住んでいたことのある大好きな土地だったので、ほとんど会の進展のない年月も、古い知り合いと再会できたり、井の頭公園を愛する人たちと出会えて、楽しく貴重な時間でした。

社の再建についてはまだ何も決まっていません。
火事を体験している身としては、火事には浄化の意味もあり、
決して後ろ向きのことだけでないと感じているので、
同じように作ることがいいことなのかもわかりません。

ただ、あの場所はとてもいい場所で、歴史的にも意義のあるおいなりさんのことを皆さんに広く知ってもらいたい、できれば楽しく!という思いを込めて、
web上のフェスを開催する運びとなりました。

メンバーには素晴らしい絵描きさんもたくさんいるので、
私が描いてもいいのかなと思いましたが、
かつて描いたことのある野外のフェス「はらっぱ祭り」のポスターのように、と
言ってくださったので、
なるべく楽しい気分やフェス感が出るようにと描いてみました。
お稲荷狐を初めて描きました。

Instagram、Twitterで告知募集しています。

興味ある方。♯井の頭公園のおいなりさんアートフェス、のぞいてみてくださいね。

 

 

 

おかえり

みみちゃんえほん2019年10月号
「ちいちゃんと くまさん」(作絵・小川ナオ)より

去年の冬に制作したおはなしの原画が
帰ってきた。
(画像は、A4スキャナーに入りきらないため、
一部カットでごめんなさい)
返却された原画を開けることは、
実はあまりないのだけれど
(そのために、せっかく入れてくれてた
お手紙を見落として、数年後に読む
ということもままある。。)
でも、今回は、
なぜかすぐに、開けた。
このクマさんをお試しで描いた断片は、
まだボードに貼ってあったのもあるし、
わからないけど、
会いたくなったのだ、一年半ぶりに。

おかえり。

すごい遠い昔のような、
でもこんなの描いたんだっけ?みたいな
未来みたいな。
なんだか不思議な気分。
担当してくれた編集の方も
この仕事の後、出産でしばらくお休み、
と聞いたけど、
戻ってきたみたいで、
返却のお手紙も入れてくれてた。

そういえば。
今年になって、3月から夏までの間に
お仕事でお世話になった方々は、
よく考えたら、
皆初めての方だった。

初めての本(雑誌)もあったけど、
何度もお世話になってる本(保育月刊誌)も
新しい担当者だったり、
進行の途中で実は出産で退社します‥と
渡しは新しい方にと紹介されたりして、

なんか、新しい風を感じた春から夏だった。

そう、動いてる。

今きっと、
止まってるようにも見えることもあるけれど、

すごく動いているときなんだろな。

もうながーいお付き合いで、
仕事は2月以来の方との原稿をさっきメールした。
なんとなく、
古巣なまったりな気分が湧いてきて、
秋から冬は、
しっとりになるのだろうか?
と思ってみたり。

ここ最近、
長いこと話してなかった友達と話せたり、
顔見れたりが続いて、
少しづつ、いつもの空気になってきたような。
でも、

前とは違う。

もっと新しい何か。
何かわかないけれど、
キラキラしたもの。

まだ厚い皮に包まれているけれど、

きっとあたたかなジューシーな果実の気配。

そして、まだ見たことも想像もできなかったような味わいが、

きっときっと
あるに違いない。

そんな気がする2020金木犀の風。

 

花の写真

毎朝通る
道端の朝顔。
まだがんばって
おひさまに向かって
ラッパ鳴らしてる。

でも半分くらいは

しとん。
と地面に向いて

あかりちゃんになっていた。

この姿はまたラッパ以上に
愛おしかったりする。

野原じゃないよ。
すぐ近所の畑の花壇。
コスモス色々。

風に揺れる檸檬色もいいよ。

散ってもなお。

いつも見る小さな花も
どこかしらしっとりめな
秋の佇まい。

海を見たいなあ。
山、登りたいなあ。
と思いながら、

金木犀の匂いの風に
縮こまった魂も
あっという間に清々しくなれる
秋ちいさんぽ。

先日、夢を見た。
ある人の手のひらを両手で包む夢。
その手からとてもすごいパワーが出てて、
すごいオーラだ、すごいすごいと
ありがたく包まさせてもらっている。
目が覚めて、
現実にはあり得ないシチュエーションだけど、
その手の感触にいい夢みたなあ。
という気持ちが残った。

その翌々日。
坪田譲治にっぽんむかしばなし絵本展の
展示をしていただいていた
岡山吉備路文学館の館長さんから
お電話がきて、
「一寸法師、在庫ありますか?」という。
聞くと、展示が終わって、
もうだいぶ日が経っていたが、
私の「一寸法師」の本を
どうしても欲しいという方が
いらしたという。
出産祝いに送りたいとのこと。
文学館にあった数冊は既に完売していて、
企画した恵比寿のギャラリーに
問い合わせたが、
もう在庫はないと言われ、
作者は持ってないかとのことだった。
いつかの展示など用に
まだ2〜3部手元にあったので、
さっそくお送りした。

すごくうれしかった。
出産のお祝いに、というのも。
‥で、あ。と思い出した。
その夢を。
そういえば、恵比寿での展示のときも、
私の絵にすごいパワーを感じると
言ってくださった台湾の方がいて、
やはりお子さんが生まれたばかりだとかで、
たぶん、このシーンを見て、
そう思ったのかも、と
その方の友達のデザイナーさんが
教えてくれたことがあった。

このシーンは、
実はラフでは全く違ったものだった。
全く違うもので、
装丁のデザイナーさんとは
打ち合わせていたのに、
描き始めて、勝手に変えてしまった。
スペースなどは守ったので、
特に問題はなかったのだけれど、
こういうタイプの絵は描く予定でもなく、
また柄でもないような気がしていたのに、
出てきたときには
自分でもちょっとびっくりしたけど、
小さい法師が生まれて愛おしいと思うとき、
このシーンはやっぱり不可欠だと思った。
描いといて、よかったなあ。

夢は、この吉報の予知夢だったかな。
と思ったけど、

 

‥けど、
すっごいオーラだったんだよ。
たとえ夢でも。
だたの予知夢じゃなくて、
良いもの浴びれたなあという感触。
忘れないでおこう。